2008年10月28日火曜日

Zジーそしてバー そしてSpirit

今日は久しぶりにゆっくり出来る午後です。
考えてみたらアメリカから帰ってきてゆっくり出来るのは今日が始めてかもしれません。
そのくらいずっと出ていました。なんやかやと貧乏性なのですね。
出歩いたり、忙しくなると思っているのに自分で予定を入れてしまうのです。

そんなこんなで買いつけてきた商品も少しずつしか仕入れ表につけてなくて(実はこれが一番時間がかかる作業)もう1つ、お店をオープンするのでそちらまでまわりません。気持ち、アイデアはコンコンと沸いてくるのにそれを形にするのに追いつかない、そんな状況でしょうか。。。


今日、午前中は健康診断でした。
実に2年ぶり。


近所にある健康診断専門のセンターでしたのであまり待つ事もなくスムーズに終わったのはいいのですが、そこで同じ時受付をしたおばあさんを見て、年をとる、年をとっていく、ということを思いました。

入れ歯が痩せて合わなくなっているのでしょう。常に歯をカクカク言わせて背中が大きく曲がったその姿は、一人では歩くのも大変で杖をついてはいるのですが、着替えの時からセンターの方が一緒でした。
大変ですね。おばあさんもセンターの方も。
着替えも一苦労ですし、身長を測るのもじっとまっすぐに立っていられないものですから3人がかり。

杖をついたりしている人は健康診断をしないのだと思っていた自分は、こういうおばあさんは他人事として知らぬ存ぜぬ目に入らず、自分がまだ、若いと思っている穿った心を見るようでした。


採血のあと、横になっていると隣で目の検査をしているおばあさんたちの会話が聞こえました。
「う~ん、カクカク、見えないねぇ~。上にチラッと見えた赤いのかね~?」
「あ~。それですね。そうかもしれないですね。もう一度のぞいて見ましょうか」

おばあさんの連れ合いは亡くなって一人なのかしら。

おばあさんの日々の生活ってどうなんだろう。

歳を重ねる。お年寄りの一人暮らし。

きっと。。。。私も同じようになるだろう。と。ぼんやり考えた。


あなたは「Z」(ジーと読みます)という雑誌をご存知だろうか。

いや。11月号で休刊となったのでご存知でしたか?の方が正しいのでしょうか。

『青二才禁止!』『粋な爺(じぃ)を目指すためのライフ誌』とキャッチが書かれていたりして、中身はおひょいさんこと藤村俊二さん(なんと73歳!素敵過ぎます!)、ミッキー・カーチスさん、マイク真木さんなど、正しく(これは良い意味の不良)遊んで自分の道を貫いてきた人たちのインタビューが載っていたりしました。

LEON世代の人がもうあと数十年経って読む本でしょうか。
どの人もひとかどの人であるから話には重みがあり、白髪もシワも重ねてきた年輪を感じさせ粋。

思えば、カッコいいと思える50代以上の男性を日本ではあまり見られないのは悲しいものであす。(これは個人的な好みもあるのでなんとも言えないのですが。。。)
仕事が出来てカッコいいサラリーマンって数少ないと思うのは私だけでしょうか。

「Wowワォ!君はなんてビューティフルなんだい!」「Hello!Beatiful!」
アメリカを歩いていると時おりこんな風に道行く男性に言われます。
素敵だと思えば素直に褒める。ただそれだけ。日本人のようにナンパなんてありません。
女として言われてうれしくないわけありませんよね。

日本では「好きだよ」「キレイだね」と言ったりする文化がないから、20代の男子たちが良い意味の遊び人の大人の男に育ちにくいのかもしれません。それと、年寄りをバカにする風潮があるように感じるのも寂しく、若者のその心の渇き具合を思うと逆に寂しい気持ちになります。

それと日本では一般的に、奥さんを半奴隷のように家庭に縛り付ける代わりにお給料を渡し(今はパートの主婦が当たり前ではあるけれど、子持ちの主婦が男の人のように出世を望む事は不可能に近い)、子供の世話やなにもかもを任せ、かつて愛した恋人を妻にし、やがて母にして、近所のおばちゃんにしてしまう代わりに自分もお小遣いが少ないので、ちまちませせこましい男の人が増えていくような気もします。

しあわせはその家庭それぞれなので、何をもってして「しあわせ」かの基準はないのでお互いが半奴隷でも「愛」があればそれで良いと思いますが、日本的男子のかっこ悪さを日本を離れると痛感してしまうので、こんなところでキツイ発言をちらっと出してしまいました。。。。


日本のカッコいい粋なじぃを創る人、それは「ばぁ@女」である。
かつての恋人を近所のおばちゃん化させてしまうだんなさんが一般的であるとすれば、この雑誌が休刊してしまったのも致し方ないのか、寂しい限りである。

背中が曲がってもSpiritは変わらずに。
いつまでもとんがって生きていたい。
普通をやらない生き方をする。

そして、物事の本質を見抜くSpiritを鍛えるには、やっぱり良い意味の遊び人でなきゃ鍛えられない。
そんな風に思う。

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