2008年11月4日火曜日

塩狩峠


塩狩峠 三浦綾子著  新潮文庫

一気に読破。
そして、泣き崩れ、泣きすぎて目が腫れて、今、頭がぼぅっとなっているのです。


読み終わってある人を思い出しました。
言葉少なで、痩せた体をした男前の人が歌いに来ていました。
私の通う1つのゴスペルクワイアは毎月1回、埼玉のとある街にある教会の牧師さんを呼んでバイブルスタディの時間を設けています。その時間は2,3時間なのですが、聖書のある箇所を掘り下げて理解を深めていく、そんな学びの後、思い思いに参加メンバーが最近あった事。学びについて感じた事などを告白していきます。

誰もその「個人が抱える想い」の吐露に意見などは言いません。
「うん。うん。」と頷くだけだったり、「それはこういう事じゃないかしら?」とか、その人を思って助言を言い合い、最後に牧師先生がまとめる、そんなスタイルです。

その日は初めてその彼も参加していました。
連れてきた仲間が彼との出会いなどを簡単に紹介した後、彼は何故自分がキリスト教信者になったのかを話し始めました。
そのきっかけというのが、三浦綾子の本を読んで、と言っていたのを思い出しました。


人をそこまでさせる本があるのかとそれを聞いた時、正直驚きました。


何故かというと、彼はキリスト教というものもよく知らなかったのに、自ら教会の門を叩いた、というのですから。キリスト教信者であった三浦綾子の本にはそうした、神様が授けてくださった力が底辺に流れている、そんな気がします。
キリストの教え、すなわちキリスト教信者としての生き方を学ぶ本としてもこの塩狩峠という本は素晴らしく、一人の人間の生き方を見るものとしても素晴らしい本でした。

≪汝の敵を愛せよ≫
と言ったイエス・キリスト

≪あなたの隣人とは誰か≫ 
半殺しの目にあった人を助けたサマリア人 
見ず知らずの人を助け、おまけにお金が足りなければまた持ってくるとまで言う

ここで読む「私」は半殺しの人を助けなかった人なのではなく「半殺しの目にあった人」
深く傷付き、半殺しの状態になったからこそサマリア人の出会いが用意されているのです


傷は愛を受けた証


あなたの隣人は見ず知らずの人なのかもしれせん 
どんな人にもサマリア人がいる
この地球のどこかにあなたのサマリア人がいる この奇跡


一生懸命 素直に生きていこう 今ある生を生きよう 

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